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エリック・サティ
(1866ー1925 フランス)

音楽界の変わり者とよばれるフランスの作曲家。

自分の作品を家具のように存在(そんざい)する音楽と言っています。家具のようにそこにあっても日常生活をさまたげない音楽、意識的に聴かれない音楽。つまり生活にとけこむ音楽ということです。

環境音楽(かんきょうおんがく:イージーリスニングのことで、レストランやカフェなどの静かな場所にふんいきをそえる音楽)のさきがけ的なことを考えた人です。

そのような音楽の特長があるせいか、パリ音楽院時代は才能がないと言われ、多くの先生がピアニストとしての才能は認めていたものの、熱意の低さから「最もなまけ者な生徒」と言われ、けっきょく2年半で1885年(19歳)に退学になりました。

サティは奇妙な題名の曲を多く作っています。「犬のためのぶよぶよとした前奏曲」「梨(なし)の形をした3つの小品(しょうひん)」「冷たい小品」など他にも色々とあります。
また、演奏時間18時間以上にもなる「ヴェクサシオン」という152個の音符を840回
くり返す曲を作っています。この曲を演奏する時は何人かのピアニストが交代で演奏します。曲の間があかないようにうまく入れ替わります。

サティは調性がしっかりと決まっていたクラシック音楽に疑問を持っており、若い頃に教会に入りびたっていた影響もあり、教会旋法というものを音楽に取り入れました。

ドビュッシーラヴェルもサティの音楽から影響(えいきょう)を受け自分たちの音楽に取り入れ、新しいふんい気を作り出すことに成功しています。また、和声の法則で禁止されていたことをドビュッシーは先生にしかられながらもやり続けましたが、その最初のものはサティが始めた技法と言われています。

ドビュッシーは生涯を通じサティとは親友でした。

サティの音楽は調性からはずれたものになり、そのため調号はなくなり臨時記号(りんじきごう)で#、♭が書かれ、拍子も自由になり書かれなくなったため小節線がなくなりました。書かれていなくとも、それらがないわけではなく、音楽の中にそれらはすべて存在していると見なしていました。

拍子の在り方はストラヴィンスキーに受け継がれ(一定の拍子ではない音楽が作られ、ころころと変わる拍子が音楽に大きなエネルギーを生み出しています)、小節線のなさは現代の図形楽譜(音符ではなく図形で書かれた楽譜で、演奏者によって曲が違うものになる)につながっています。

サティの行った音楽の改革(かいかく)は、当時の音楽院では全く受け入れられませんでしたが、同じ時代を生きた作曲家や芸術家には認められていました。

​アルコールをたくさん飲んでいたため肝臓(かんぞう)を悪くし、59歳で亡くなりました。


 
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​1866年5月17日生まれ

ジムノペティNo.1
​ピアノ:アルド・チッコリーニ

ジムノペティとは古代ギリシャの神々をたたえる儀式(ぎしき)のことで、サティはその様子をえがいた古代の壺(つぼ)を見てインスピレーションを得たと言われています。1888年作曲。
1963年のフランス映画でこの曲が使われ世界的に知られるようになりました。日本では1951年にこの曲を傑作と紹介していた人がいましたが広まらず、1975年にそれまで美術館に音楽を流すことは良くないとされていましたが西武美術館で環境音楽として流され、この曲が広く知られることになったそうです。

​グノシエンヌ No.3

​24歳の時に作曲。グノシエンヌとは古代ギリシャのクレタ島にあったクノーシスという都からきていると言われていましたが、他の説もあり、意味ははっきりしていません。
​ジムノペティより東洋的で、「くぼみを生じるように、ひどくまごついて、頭を開いて」などと書きこまれています。
​がくふに小節線はありません。

​グノシエンヌ 第1番
ピアノ:アレクサンドル・タロー

グノシエンヌ第3番と共に有名です。この曲も小節線も拍子記号もありません。「思考のすみで、あなた自身をたよりに、舌にのせて」など奇妙な言葉が書かれています。

ジュ・トゥ・ヴ
​ソプラノ:ジェシー・ノーマン

​1900年作曲。スローワルツの女王とよばれたシャンソン歌手のために書かれた歌曲集「ワルツと喫茶店の音楽」の中の1曲でした。しかし、サティ自身がピアノ用に編曲しそちらで知られていることの多い曲です。
​日本ではコマーシャルやゲームに使われるなど、広く親しまれている曲です。

ピカデリー
​ピアノ:ジャン=イヴ・ティボーテ

1901年作曲。マーチと副題がついたケーク・ウォーク風の音楽。
ケーク・ウォークとは黒人の間で生まれたダンスで、2拍子の軽快(けいかい)なリズムが特徴(とくちょう)です。20世紀にヨーロッパで流行し、アメリカ南部に伝わったジャズの起源のひとつともなりました。ケーキをかけてダンスのうまさを競っていたと言われています。
​ケーク・ウォークは、ドビュッシーのゴリウォークのケーク・ウォーク、小さな黒人が有名ですが、実はサティの方が先に使っていました。
ピカデリーとは、劇場や飲食店が立ち並ぶ
イギリスのピカデリーサーカスとよばれるにぎやかな広場の名前です。

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